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書評

積ん読との付き合い方を再設計した半年間 — 編集部での実践記録

書評記事のために増え続けた未読書の山を、編集部が半年かけて分類・運用ルールごと見直した記録。

ComoLibro Knowledge Hub 編集部 約4分
要点

ComoLibro編集部では、書評記事のために集まる未読書が管理不能になった状態から、半年かけて分類ルールを再設計した。「積んだ順に読む」という単純なルールは早々に破綻し、代わりに本の役割別にトリアージする方式へ切り替えたことで、罪悪感を減らしつつ実際の読了率も改善した。ただし、この方法にも新たな失敗パターンが生まれており、万能の解決策ではない。

発端 — 未読の山がなぜ止まらなかったか

編集部では書評記事を書くために本を購入したり出版社から献本を受けたりする機会が多く、半年前の時点で未読書の量を正確に把握できていない状態が続いていた。冊数そのものより、冊数を記録する仕組みを持っていなかったことが最初の問題だった。何が積まれているかを俯瞰できないまま「読まなければ」という感覚だけが積み重なっていく状態は、永田希が『積読こそが完全な読書術である』(イースト・プレス、2020年)で指摘する、積読を個人の意志の弱さの問題として捉えてしまう典型的な構図に近かった。

最初の失敗 — 「積んだ順に読む」ルールが崩れた理由

最初に試したのは単純な運用ルールで、積まれた順番どおりに読み進めるというものだった。このルールは数週間で機能しなくなった。新しく届いた本の中に、公開予定の特集記事に直結するものが混ざっていたためで、締め切りのある企画が優先されるのは当然の判断だったが、その都度「順番」を破ることになり、ルール自体への信頼が失われていった。結果として、古い本ほど読む理由が薄れ、放置される期間が長引くという逆効果を生んだ。

この失敗から分かったのは、積読の問題は読む速度の不足ではなく、本ごとに異なる役割を一つの列に押し込めていたことにあるという点だった。締め切り駆動の記事用資料と、時間をかけてじっくり読みたい一冊を同じ基準で並べようとすること自体に無理があった。

分類の再設計 — 「読む」ではなく「役割」で仕分ける

そこで導入したのが、本を「読む/読まない」ではなく役割で仕分ける方式である。具体的には、必要な箇所だけ参照すればよい「参照資料」、通読して初めて意味を持つ「精読対象」、判断を保留する期日を明記した「保留」、そして読む見込みが薄いと判断した「手放す」という4つに分けた。永田希の著作が主張するのは、積読を蔵書という一種の情報インフラとして捉え、全冊読了を目標にしないという発想であり、この整理法はその考え方を編集部の実務に落とし込んだものだった。

半年間の記録 — 変化したことと変わらなかったこと

「保留」に期日を明記する運用は効果があった。期日を過ぎたら自動的に「参照資料」か「手放す」のどちらかへ振り分けるルールにしたことで、判断を先延ばしにしたまま積み上がる本の量が目に見えて減った。継続の失敗パターンでも指摘されているとおり、意志力に頼らない仕組みを先に作ることが、行動の継続には効きやすい。

ただし、この分類法がすべてのケースに有効だったわけではない。「保留」カテゴリーが、実質的には先送りの言い訳として機能してしまう例も出てきた。期日を延長し続けられる運用にしていたため、一部の本は形式上「保留」のまま実質的な積読状態に戻っていた。仕組みを作っただけで問題が解決するわけではなく、運用のゆるさを定期的に見直す作業自体が必要だと分かったのは、半年間で得られた地味だが重要な教訓である。

積ん読を「問題」として扱うことの限界

文化庁の「国語に関する世論調査」が示す長期的な非読者層の拡大傾向を踏まえると、編集部が直面していた未読書の山は、個人の意志の問題というより、読書という行為全体を取り巻く環境の縮図に近い。情報を分類して扱うノート術の考え方と、今回導入した本の仕分けルールには、外部の情報量を人間の処理能力に合わせて構造化するという共通点がある。積読を根絶すべき失敗として扱うのではなく、増え続ける情報量とどう折り合いをつけるかという在庫管理の問題として捉え直したことが、この半年間で編集部が得た最も実務的な変化だった。

参考文献

  1. 永田希『積読こそが完全な読書術である』イースト・プレス、2020年。
  2. 文化庁「国語に関する世論調査」(各年度版)。

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